その一片を掬いとって完結させなければならない。
必要な言葉なんてどこにもなかった。
言葉にできるくらいのことしか記せないに決まっているだろう。
たいていのことは口にできて
たいていのことは伝わって
然るべき場所に収まる。
そうゆう類いのものじゃない存在は、
ただ存在することしか許されない。
敢えて言葉に換えようとすると
まるで連想クイズのようになる
「それはどちらかと言うとやわらかい」
「それはどんな場合にも二面性を持っている」
全体を捉える言葉はどこにもない。
小説は、物語はその形なき存在を明らかにする営みではなかろうか。
氷柱から美しいオブジェを出現させるように。
いよいよ物語が結ばれるとき、そこには最後の一片の氷が使命を果たすべき瞬間の緊張を帯びている。
作者は最後にその一片をまるごと掬いとって完結させなければならない。
最後には何も残してはならない。
わずかに冷たい空気が残されて、それも間もなく周りに溶けていく。
過去の記憶でも未来への予感でもない。
その瞬間にのみ生まれる類いの存在が確かに在る。